内容(「MARC」データベースより)
オカルトや宗教ではなく、事実と理性と霊眼で人が幸福になる道を案内する。1970年霊魂研究資料刊行会刊「霊魂の働きによる正しい健康・平和・繁栄への道」を再刊。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
脇 長生
兵庫県飾磨(現在の姫路市)生まれ。少年期は岡山県和気で過ごし、山中で仙人に会い、数々の奇跡体験をする。二十二歳の時肺結核になるが、単身で無人の家島に渡る。途中舟より医薬を捨て数か月間修業。その間に見神の体験をして病気は消える。京都府立医大研究室で医学を修し、Y製薬会社の顧問を務める。他方、浅野和三郎の「心霊科学研究会」で審神者となり和三郎を補佐、心霊の科学的研究に努める。浅野の没後(昭和12年)より、事実上心霊科学研究会を引き継ぎ、昭和53年7月1日没(八十八歳)まで、月刊「心霊と人生」誌を発行し続け、日本に正統な心霊研究の灯を守り通した
桑原 啓善
詩人、心霊研究家、自然音楽療法研究家。不可知論者であった学生時代に、心霊研究の迷信を叩こうとして心霊研究に入り、逆にその正しさを知ってスピリチュアリストになる。浅野和三郎氏創立の「心霊科学研究会」にあってその主幹脇長生氏の門で心霊研究三十年。氏の没後「生命の樹」を創立しでくのぼう革命
を遂行。現在は「自然音楽研究所」で山波言太郎のペンネームで地球と地球人の癒しの事業に参加活動(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
兵庫県飾磨(現在の姫路市)生まれ。少年期は岡山県和気で過ごし、山中で仙人に会い、数々の奇跡体験をする。二十二歳の時肺結核になるが、単身で無人の家島に渡る。途中舟より医薬を捨て数か月間修業。その間に見神の体験をして病気は消える。京都府立医大研究室で医学を修し、Y製薬会社の顧問を務める。他方、浅野和三郎の「心霊科学研究会」で審神者となり和三郎を補佐、心霊の科学的研究に努める。浅野の没後(昭和12年)より、事実上心霊科学研究会を引き継ぎ、昭和53年7月1日没(八十八歳)まで、月刊「心霊と人生」誌を発行し続け、日本に正統な心霊研究の灯を守り通した
桑原 啓善
詩人、心霊研究家、自然音楽療法研究家。不可知論者であった学生時代に、心霊研究の迷信を叩こうとして心霊研究に入り、逆にその正しさを知ってスピリチュアリストになる。浅野和三郎氏創立の「心霊科学研究会」にあってその主幹脇長生氏の門で心霊研究三十年。氏の没後「生命の樹」を創立しでくのぼう革命